不完全な人ブログ

フライフィッシングについてだったり日々のつれづれについてだったり

自分の名前

実はさっきの日記からあまり時間が経っていません。
が、どうせなので今日の日記は今のうちに書いちゃいます。

私も良い年齢になってきたらしく、同世代の人で既婚者とお話する機会が増えました。
今私が働いている業界では、自分自身の知識やスキルが商品みたいなものだといえます。
その商品の看板たる自分の名前は、そうそう変えられるものではありません。
そんな訳で既婚者の彼女達は、戸籍上は姓が変わっても、実際の仕事では旧姓を使用していることが多々あります。
・・・こういうことがある、ということは知識としては持っていたのですが、本当に、思ったよりもずっと普通に、旧姓で働くことが浸透しているようでした。
個人的に、とても良い傾向だと思いました。

私は、自分の姓が結構好きです。
気に入っているから、結婚して姓が変わるかもしれない、ということに対して抵抗を感じていました。
学生時代は、夫婦別姓法案が通るまでは結婚しない、と密かに決心する程でした。
将来の結婚相手になるかもしれない相方さんに打診(?)してみたこともあります。
「私、苗字変わるのヤだから、婿養子になれ」
「あかん」
向こうも長男であった故か、あっさり却下されてしまいました。
頼みの夫婦別姓法案も、最近とんと話題に上りません。実現はまだ遠いようです。
正直、手詰まり。どうしたものか、と思っていたのですが、最近少し考え方が変わってきました。
別に、戸籍上の名前は変わってもいいじゃん、と。
肝心なのは、自分が他人からどう呼ばれるのか、ということではないかと。
名前というのは、私が私であると識別するためのもの。そして、何年も何年も繰り返し呼ばれることにより、私自身を構成する大きな要素となってきたものです。
私は、私の名前で呼ばれたい。
そんな中、旧姓を通称として使用することが浸透している、という事実はとても心強いものです。
だから、

・・・だから?
ここまで順調に書き進んできたのですが、ここでぱたりとキーボードを打つ手が止まってしまいました。
だから、この業界は居心地良い?
だから、将来結婚することがあっても大丈夫だと思う?
どれも、しっくりこないのです。
結局、漠然とした結びしか思い浮かびませんでした。

「だから、ちょっとだけ、安心したのです。」